公開日:2019/09/04
最終更新日:2020/05/02

クリトリス全史【「悪魔の乳首」と呼ばれていたクリトリス】

投稿日:2019年9月4日 更新日:

羽の生えた魔女が白いドレスを着ている

自分の身体の一部であるにも関わらず、多くの女性にとって、その名前を口にするのも恥ずかしいクリトリス。

 

それはこの器官の歴史が、身体の他のどの部分よりも研究や承認されることが遅れたことが原因かもしれません。このクリトリスの発見は、アリストテレスでさえも真の理解にたどり着くことはなく、この深い歴史の中で魔女狩りの存在と合わせて多くの女性を苦しめてきました。

 

その事件は、1589年のイギリスにおいて起こってしまうことになります。

 

イギリスのケンブリッジシャーのウォーボイーズという町で、大地主の子供として育った10歳のジェーン・スロックモートンという少女がアリス・サミュエルという一人の老婦人を告発しました。

 

これは少女が自分の身に起こった変化をアリス・サミュエルという老婦人による呪いとして訴えたもので、当時魔女狩りは最高潮に世間をにぎわし、絞首刑に処されるなど今では考えられないような状況にありました。

 

この少女に出た症状は、他の姉妹5人と、家の女中12人にも表れ、サミュエルは夫・娘とともに投獄され、やがて処刑されてしまうことになります。

※この事件は、後に文学研究者のジョージ・キトリッジによって「イギリス史上最も重要な魔女裁判」と呼ばれるようになります。

 

このサミュエルが訴えられた理由として「乳首のような小さな肉片」の存在があり、これがのちに「クリトリス」と呼ばれるようになる器官となります。

 

この乳首のような小さな肉片の存在は、検死をする看守とその妻によって公表され、立会人に見せました。

 

「無用な部位」とみなされたクリトリス

この悪魔の乳首と呼ばれるクリトリスについては、当時その正体を正しく理解してた人間は事件が起きた村から遠い場所にあるイタリアの大学にしかいませんでした。

 

1559年には、パドヴァの解剖学者マテオ・レアルド・コロンボが、「女性の快楽の座」や「ヴィーナスの愛」「ヴィーナスの快楽」とクリトリスに名前を付けるようになり、コロンボが初めてクリトリスの存在について明らかにしたものとして発表しました。

 

しかし、この発表に、コロンボの後継者でもあるガブリエレ・ファロッピオ(輸卵管を指すファロピウス管の発見者)は私こそが歴史的発見者だとして名乗り出ています。

 

そして、この発表を受け、ベルギー人で解剖学の権威であったアンドレアス・ヴェサリウスもまた、意見をすることを必要とされ、当時無用な部位として考えられていたクリトリスのことを「私は今までに一度もペニスのついた女性を見たことはないし、小さな男根の退化器官も見たことがない」と否定しました。

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