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「アイスランドにはペニス博物館が存在するというのに、女性器の博物館が世界中どこを探してもないなんておかしい!」
と、「ヴァギナ・ミュージアム」のディレクター兼創設者、フローレンス・シェクターさんは声高にこう言います。彼女はロンドン在住、弱冠26歳ですが、この壮大なプロジェクトを進めるフェミニストなのです。2022年のオープンに向けて、精力的に活動する彼女に最新の情報を聞きました。
まず彼女が「女性器の博物館」のアイディアを発表してから、SNSのツイッターではさまざまな反響やコメントが寄せられたそうです。
「意外にも意見のほとんどは肯定的でした」と彼女は言いますが、やはり心ない批判や皮肉が混じったものもありました。理解度の低い意見はやはり男性のものでした。
例えばかつて英国で警告サインの「Caution! Slippery When Wet」(床水濡れ危険)を借りたジョークがTwitterに出回った時、タンポンを(生活必需品として)非課税対象にすべきという活動が起こっているのを批判し「月経は膀胱の問題だろう?」といった医学的にも無知で心無い男性のコメントも寄せられたそうです。
しかし、彼女にはこれらを逆手に取って皮肉と冗談を交えながら紹介し、笑い飛ばしてしまうエネルギーさえあります。さすがにブラックジョークの国英国だと思いますが、ユダヤ系一家である彼女の父親もこの活動には肯定的で、娘の活動を応援してくれているそうです。
そんなシェクターさんが思い描くミュージアムの計画は次のとおりです。
まず、ミュージアムは、サイエンス(科学・生物学)、カルチャー(文化)、ソサエティ(社会)、ヒストリー(歴史)の4つのセクションにわかれたギャラリーからなり、これまで公に語ることがタブー視されてきた女性の「大事な部分」を紐解いていくそうです。
「なぜサイエンスというセクションがあるのかですって?これまで世の中にはびこってきた誤解があまりにも多すぎるからよ!」とシェクターさんは強い調子で語ります。
彼女は普段、科学分野のYouTube向けコンテンツを手掛ける会社「Collab Lab」に勤務するいわゆる「リケジョ」なのです。神秘に包まれた女性器については、一般社会でも教育の分野でも話題に上ることは皆無に等しいため、男女共に正確な知識を持っている人はほとんどいないと指摘しています。
シェクターさんによると、女性に女性器の解剖図を示すとヴァギナの位置を特定できる人はほとんどいないそうです。
また、女性器についてはこれまでに出版された資料はごくわずかですが、おそらく最古の本だと思われる1554年刊行の解剖学の本では、実際の形とはまったく異なる絵が描かれているそうです。これでは、持っている本人である女性であっても、女性器の正確な位置を知る由もありません。
また彼女は、インターセックス(性分化疾患)の状態で生まれる人の割合が、私たちが考えているよりも多い全体の1~2%であることで、インターセックス疾患を持つ人に出会う可能性は十分にあることや、子宮がないまま生まれた女性が成長に伴って、子供用人工子宮から大人用に移植する手術を受けた事実があるなど、性についての英国での現状を教えてくれました。
必ずしも女性のすべてが、健全な女性器を持っているとは限らないのです。
博物館ではそれに加えてトランスジェンダーなどの特殊な性と多様性について、ペニスを持つ雌のハイエナをはじめとする動物の性器の話など、人間の女性器だけではなく、多彩なコンテンツを盛り込む計画があります。
また芸術分野では、女性の部分をモチーフにしたアート作品も紹介される予定です。なかでも彼女が「購入」の意欲を示しているのが、ジェーミー・マッカートニー氏の「Great Wall of Vagina」です。
これは、数百人の女性の性器の石膏型を取り、タイトル通りそれで超巨大な壁を作り上げたものです。現在はその巨大さ、あまりのインパクトに買い手が見つからず、イングランド南部、ブライトンの倉庫に眠っているそうです。
それに加えて、この博物館のコンテンツでは、月経を巡る各国の文化慣習を紹介する他、婚前・婚外交渉をおこなった女性をその父親や男兄弟などが殺害する「名誉の殺人」など、性にまつわる暴行や虐待の事件をも紹介して世の中に問題提起するそうです。
また、性行為に至る時に「了承」を得るかどうかの議論は世界的に持ち上がっており、英国ではこれについて英国の紅茶になぞらえて説明した英国らしくウィットに富んだ啓蒙ビデオ「Tea Consent」が一時期インターネット上で話題となりました。
なぜ女性器を扱うミュージアムにしたのか? この問いに彼女は「世の中の不平等と戦うため!」と力説しています。
「英国では、女性の参政権が認められた1918年からちょうど100年経過しています。シェクターさんは、かつてまだ女性の参政権がなかった頃に参政権獲得運動を推進した通称「サフラジェット」と呼ばれる女性が、投獄された上に性的暴行を受けたことを指摘しました。
続けて、米国でも「児童婚」を強要させられる事例があること、また、英国においても女性器切除(FGM)問題の被害者が多く存在し、また奴隷問題も依然としてあること、さらにセクハラ問題や#metoo運動など、数え切れないほどの性に関する問題を提示しています。彼女は話しはじめればきりがないというタイプのようです。
そして、“Brick and Mortal(レンガとモルタル)”つまり、Web上のバーチャルな映像だけではなく、実際の建物と展示物を持つミュージアムを作ることが、人々の認識を高める上で重要だと強調しています。
彼女にとってミュージアム建設に理想の立地は、参政権獲得運動のサフラジェットが投獄されたロンドンの刑務所跡地だそうですが、ここは残念なことに既に市の再開発予定地であり、これを覆すことはできないようです。現実的には、彼女は女性向け病院の跡地などに建設することになるでしょう。
なお、この博物館には女性向けカフェと土産物コーナーも設ける方針です。果たしてどんな土産物が並ぶのかほんとうにドキドキします。
2018年は各地での講演会とポップアップの展示会を企画
「肝心の展示物のコレクション(収集)は始めたのですか?」と聞くとシェクターさんは、「最適な状態で保存するための施設がまだないので、収集作業の開始は数年後になりそうよ」と語りました。なるほど、せっかく作品を購入しても安心して保管する場所がないのでは意味がありませんね。また、来館者に展示を通じて感じて欲しいことを聞いてみると、Education(教育)、Entertainment(娯楽)、Empowerment(エンパワーメント、力づける)という3つのキーワードを挙げてくれました。
つまり、今までのようにぼんやりと、また屈折した知識ではなく、女性器に関する正しい知識を身に付けてもらうこと、純粋に楽しんでもらうことさらに、特に思春期の女の子たちに向けて「みんな異なっているので、ぜんぶが個性的。正解はない」と気付いてもらうことを強調していました。
彼女は世界中の女性が、このミュージアムを見て、コンプレックスや不安から解放されてほしいと切に願っているようです。
シェクターさんが「この動画が大好きなの!」と共有してくれた動画があります。異なる文化背景を持ちつつ英国にやってきた若年層の社会統合を支援するチャリティー団体「Integrate UK」が手掛けた動画「My Clitoris」です。
その動画は、淡いピンクの色調でかわいらしい雰囲気が漂う半面、メッセージの鋭さ、言葉の選び方が際立っています。
特にこの団体は、女性器切除問題などを抱える若者を支援する団体だけに、登場する人種やその宗教はバラエティに富んでいるのです。日本と違い、まさに多民族をかかえる英国と言わざるを得ません。
彼女の目指すミュージアムは、女性らしさ、自分らしさやかわいらしさをキープしながら、世間に一石を投じるような一言も忘れない、まさにこの動画が表現しているようなものなのかも知れません。
このウィットに富んだミュージアムの話題性は充分にあります。しかしその概要を聞いただけで自分独自の解釈、価値観を持って否定的にとらえる人もいることも事実です。
また、十分なミュージアムの概要を理解しようとはしないまま、冗談を言ってはぐらかす人もいます。いずれにせよ、開館した暁にはロンドンの新たな観光名所になることは間違いでしょう。
では、こうした啓蒙の要素がある博物館を訪れた人に、どのような意識変化が起きるのでしょうか?
また、果たして議論の発展に一石を投じることができるのでしょうか? それに、今の社会は、彼女の「攻め」姿勢を真剣に捉える度量はあると言えるでしょうか?
いろいろな思いを巡らせばきりがないですが、とにかく開館に向けた準備が、滞りなく順調に進むことを期待したいところです。
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